
日本基督教団 埼玉新生教会
338-0001
埼玉県さいたま市中央区上落合 7-9-11
☎ 048-852-1379
Email: saitamasinnseikyoukai@gmail.com
主任担任牧師 平澤 昇
第一礼拝 午前10時30-11時40分
第二PF礼拝 午後1時30分-2時30分
毎月第一日曜日・三大節(イースター・ペンテコステ・クリスマス)・その他特別な行事がある日曜日はシャローム礼拝となります。
当教会では、聖書協会共同訳聖書・讃美歌21を使用します。
ご用意のない方には、貸出しのご用意があります。
牧師紹介
平澤 昇 牧師(1954年生まれ)
栃木県小山市に生まれ、日本聖書神学校卒業
31歳から牧師となり、小石川白山教会、松崎教会、韮崎教会、盛岡松園教会で牧会しました。保育園、幼稚園、認定こども園と関わり、盛岡では園長を9年勤め、現在はしんせい幼稚園で園長をしています。
笑顔で、神と人とに仕えます。

牧師より
2026年新年の言葉
あなたがたは私の証人 私が選んだ私の僕であるー主の仰せ。
あなたがたが私を知って、信じ それが私であると悟るためである。
私より前に造られた神はなく 私より後にもない。 イザヤ書43章10節
2025年はどんな年だったでしょうか。一人ひとり、思いは違うと思いますが、どこかで2025年は「こうでした」と言われているような気がしますが、いかがですか。
2025年は、右派・左派について考えさせられました。
右派は、国の伝統や慣習を守り、資本主義的な価値観を重視する。親米です。
左派は、個人の自由や個性を重んじ、社会福祉を強調する。アメリカだけに頼らず多角的な外交と言われますが、中派は? 無いのでしょうか。
さて、2025年は昭和100年の年で、敗戦後80年でもありました。では、70年は何でしょうか。私は、1955年12月1日 アメリカ・モンゴメリーの町で、ローザ・パークスという黒人女性がバスに乗って、座席に座っていたら逮捕されるという事件が起き、「バス・ボイコット」に繋がり、黒人の人権を守る運動が始まった年でした。そして、その時の同乗者はどう思ったでしょうか。黒人は白人に席を譲るべきと思ったでしょうか、それとも差別の意識もなく無関心だったでしょうか。私がそこにいたら、どう反応したでしょうか。実際には、誰も何もせず静かだったそうです。
更に、60年前の12月21日に「人種差別撤廃条約」が国連で採択されました。世界からあらゆる形の人種差別を無くそうとする条約です。日本も加盟しました。ですが、現実は、国籍・民族・人種・宗教などの違いが沢山あり、それらの違いによって、傷つけ合うことが起こっていないでしょうか。排外主義を煽る政治家が増え、移民に対する差別が大きくなっています。報道やSNSの情報を鵜呑みにして良いでしょうか。
2026年1月1日 朝日新聞の一面に「あなたは、人間ですか」AIではない証明、虹彩を見極める・・・とありました。ネットでのやり取りが多くなると、相手が誰か分からなくなります?(あなたは人間ですか?)の思いになります。スマホに質問すると、AIが何でも答えてくれる! そうなると、私たちの生き方・考え方、そして、何よりも(私は何者なのか)の不安・疑問まででてきます。
新年の聖書は、イザヤ書43章8節~20節は、第二イザヤと言われるところで、イスラエルの民がバビロンに捕囚となって、アイデンティティが失われそうになる中で、イスラエルの民は「自分たちは何者なのか」そして、「神について」「イスラエルの歴史について」捕囚の期間に見つめ直し、考えさせられたのです。そして、旧約聖書がまとめられていったのです。
イザヤ書43章を読むときにイスラエルの民は、主なる神が「ただひとりの神」であることを確信し。「私、私が主である。/私のほかに救う者はいない。」(イザヤ43:11)と力強く語りかけられます。「私が告げ、救い、知らせた。/あなたがたの中に、ほかに神はいない。/あなたがたは私の証人――主の仰せ。/私が神である。」(イザヤ43:12)との力強い言葉をいただきました。
更に、13節で「これから後も私が神である」と語り、「私が実行すれば、誰が元に戻せようか」と語るのです。14~15節でバビロンの陥落を語り、16~17節では出エジプトの出来事を思い起こさせる中で、「見よ、私は新しいことを行う。/今や、それは起ころうとしている。/あなたがたはそれを知らないのか。/確かに、私は荒れ野に道を/荒れ地に川を置く。」(イザヤ43:19)と宣言されました。20節には、その事によってあらゆる被造物が、創造者なる神を崇めると語っています。クリスマスの出来事です。救い主誕生の喜びが語られています。
現代の私たちは、「あなたは、人間ですか」と問われ、「私は何者なのか」と道に迷い、生きる術を見失い、大きな声に惑わされて不安になっています。そんな私たちに「見よ、私は新しいことを行う。」と語り、「荒れ地に道を、荒れ野に川を置く」と、私たちに歩むべき道と、憩いのほとりが示されています。希望と平安へ繋がる救いが与えられています。
クリスマスの出来事は、私たちに新しい道を与え、どんな時も「私はあなたと共にいる」と語られています。その主を信じ、共に歩みましょう。
