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2026年度教会主題

日本基督教団 埼玉新生教会
338-0001
埼玉県さいたま市中央区上落合 7-9-11
☎ 048-852-1379
Email: saitamasinnseikyoukai@gmail.com

主任担任牧師 平澤ひらさわ のぼる

第一礼拝 午前10時30-11時40分
第二PF礼拝 午後1時30分-2時30分

毎月第一日曜日・三大節(イースター・ペンテコステ・クリスマス)・その他特別な行事がある日曜日はシャローム礼拝となります。

当教会では、聖書協会共同訳聖書・讃美歌21を使用します。
ご用意のない方には、貸出しのご用意があります。


牧師紹介

平澤 昇 牧師(1954年生まれ)

栃木県小山市に生まれ、日本聖書神学校卒業
31歳から牧師となり、小石川白山教会、松崎教会、韮崎教会、盛岡松園教会で牧会しました。保育園、幼稚園、認定こども園と関わり、盛岡では園長を9年勤め、2022年4月より、埼玉新生教会牧師、しんせい幼稚園で園長をしています。
笑顔で、神と人とに仕えます。

牧師より

  • 2026年7月

    埼玉新生教会 平澤 昇牧師

     7月になって、天気は梅雨から夏本番へと移り変わり、毎日30度以上の暑い日が続く予報です。今年も異常気象でしょうか。熱中症に注意が必要になります。
     異常気象は日本だけでなく、偏西風の蛇行によりヨーロッパやアメリカでも異常気象となり、沢山の人が亡くなっています。異常気象は、地球温暖化が原因と言われながら、否定する大統領もいて地球が苦しんでいます。
     また、国連が提唱する「SDGs」持続可能な世界を目指すために、世界が協力する必要を求められていますが、国と国、民族と民族、宗教と宗教が、そして私たちの小さな集団の中でも、一人ひとりの「心の中」でも、争いが起こっています。
     逆に見ると、一人ひとりの心の乱れから欲望が生まれ、自己中心の「罪」から世界の闘いへと繋がっているように思います。どんなに小さな火も、大きな火となり消すことができない火になります。
     私たちは「何を考え」「何を思い」「何を行っている」のか、自分が分からなくなっています。自分の思いと行動を制御することができなくなります。「やられたらやり返す」子どもになっています。
    「自分を知り他者を知る」「私の本質」「私たち共同体の繋がり」を知ることが大切です。

     そこで、「わたしとわたし」(さく:五味太郎、福音館)と言う絵本がありますので紹介します。2018年1月号「かがくのとも」版から、2025年12月に「かがくのとも絵本」として発行されました。絵本を開くと、左右のページに「本音と建て前」のような心の声が描かれています。

    「あさだ! おはよう! さっとおきて さっときがえよう! とおもう わたし
    「いやいや このまま もうすこし ねていたい とおもう もうひとりの わたし」

    「いただきまーす! あさごはんは いつもおいしいね と おもう わたし」
    「でも ほんとうは おかし たべたいんだよね・・・ なんておもっている もうひとりの わたし」

    「ゴミ だしてきてね」「はーい」「おてつだいはたいせつだよ とおもう わたし」
    「でも ちょっと めんどうくさいね と おもう もうひとりの わたし」

    「こうえんで あそぼうよ」「うん いいね と こたえる わたし」
    「ほんとうは としょかんに いきたかったんだ こうえんなんか つまらないし でも ま いいか なんて おもう もうひとりの わたし」

    「わあ-っ こうえんは けっこう たのしいね! なんて おもう わたし」「あれっ?きもちがころっと かわったね」
    「みんなは どうなのかね? と ふっとかんがえる もうひとりの わたし」
    「もしかすると・・・」

    「わたし」は、自分の心の中にある「もうひとりのわたし」の、ちがった思いに気付くと同時に、「友だち」も「わたし」も同じであることや、「わたし」も変わることに気が付いたのです。
     私たちは、いつも身の周りに気遣って、自分自身について考えたり、真実に思いが向いていても、それをはっきり受け止めることはできません。
    私たちの中には、「うたぐり深い」私や、反対に「すなおな」私がいますが、人を気にしてしまうのです。

     ローマの信徒への手紙7章7節以下に、「内在する罪の問題」という小見出しがあります。そこには、律法と罪について語られています。何が正しくて正しくないかを律法によって示されていますが、しかし、私たちは欲深い者で「私は、自分のしていることが分かりません。自分の望むことは行わず、かえって憎んでいることをしているからです。」(7:15)、「それを行っているのは、もはや自分ではなく、私の中に住んでいる罪なのです。」(7:17)、「私はなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、誰が私を救ってくれるでしょうか。」(7:24)、そんな私たちのために、「キリストを死者の中から復活させた方は、あなたがたの内に宿っている霊によって、あなたがたの死ぬべき体をも生かしてくださるでしょう。」(8:11)と、救いが与えられています。信仰生活の中で不安に襲われることがあります。まっすぐにイエスさまを見ている時は大丈夫ですが、イエスさまを見失いトンネルに入ることもあります。しかし、大丈夫です。イエス様の愛は、私たちを捕らえて離すことがなく、希望へと導いてくださいます。

過去の牧師からのメッセージ

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